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十三 食中毒事件 ところが、それからひと月もしないうちに、このような荏本専務の思いが一遍にひっくり返ってしまう事件が起きた。 出社して書類に目を通していると、いきなりドアを激しくノックする音がした途端、三浦品質管理部長が汗だくになって専務室に入ってきた。 「たっ、大変です、ほっ、ほ、星印が、大騒ぎになっています。専務、テレビを見てください」 業界トップメーカー『星印』の食中毒事件が起こったのである。時を追って食中毒事件の詳しい報道が重ねられるごとに、点検・清掃作業が手順どおり守られていなかった事実がマス・メデイアを通して伝えられてくる。 「これは、一歩間違えれば、うちでも起こりかねなかったんだ‥‥‥」と荏本専務はホッと安堵の吐息を漏らしたのだった。 星印食中毒事件の知らせを受けた組合事務所でも、絹田委員長以下、全専従役員がテレビに釘づけになっていた。一方、栃木工場内にある食堂のテレビの前にも人だかりが出来ている。テレビを見ている社員からは、 「やっぱりこういうことが起こったか」「うちも危ないとこだったなあ」というつぶやきがもれていた。経営陣・管理職だけでなく、組合役員も、現場の社員も、皆が等しく肝を冷やしたのだった。 八月度の中央労使協議会では、銀太郎たちの調査活動をもとに最終レポートをまとめた丸山支部長に、中岡社長からじきじきに感謝の言葉が伝えられた。 「銀太郎君にもよろしく伝えてほしい」と社長は付け加えることを忘れなかった。 中岡社長にとって、これは正直言って耳の痛いレポートだったのである。社長は言った。 「『労働組合とは、暴飲暴食した翌日の胃袋のようなもので、チクチクと痛み警告を発するのが役割なんだ』と、ヤマト運輸の小倉元会長が言っておられたことをわたしは思い出しました。しかし、今後も我社は厳しい企業間競争に勝ち抜き、存続・発展し、株主の期待にこたえ、従業員とその家族が安心して暮らしていけるようにしなければなりません。 そのためには、厳しくともコストダウンの追求は行っていかなくてはならない。それは避けては通れない道なのです。そこで今後は、邪道な方法でなく、胸をはって世間に言える経営の王道で、コストダウンを図っていきます。なによりも、従業員がプライドを持ってやっていける方法によって、それを成し遂げていくことが大切です」 それに対し、絹田中央執行委員長も協力と実行を表明した。 「私たちも、雇用と賃金を守るために、業務の改善、生産性の向上には、全力を挙げて協力したいと思っています。組合員は会社のこと・仕事のことに誰よりも愛着を持って頑張っています。たしかに、自社しか知らないため甘い部分もあるかとは思いますが、コストダウンの必要性を話してわからない人はいないと思います。 また、今回の事件を受けて、私たち労働組合も、これまでの安全衛生の取り組みは、自分たちの安全衛生だけを追求していたことを反省させられました。これからは、何よりも顧客や市場から『おたくは、いい会社ですね。安心して製品を利用できます』と言ってもらえる会社にするための安全衛生の取り組みをやっていかなければならないことを教訓として学びました。 そこで、現在、労働組合として、何が出来るのかを検討中です。まもなく、その具体的な施策がまとめられ、来期の運動方針案に盛り込まれる予定です。労使協働して取り組んでいきましょう」 この協議会は、労使ともども思いを一つにした盛大な拍手で締めくくられた。

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