銀太郎広告アリ全ページ
25/29

のないようにお願いします。今回の責任は私にあります。みなさんに聞きたいのは、品質管理プロセスの作業手順の変更と賞味期限の刻印時間の見直しを行ったことについて、みなさんお一人ひとりのご意見を率直に聞かせてほしくてやってきました」 このように、社長から一人ひとりの意見を求められれば、事実と本音の部分もおのずと明らかになるというものだ。本社からの、期限を切られたコストダウン命令に、苦しくなった現場がやってしまったことを中岡社長は理解した。 中岡社長は自分の新年の挨拶が、このような歪んだ結果をもたらしていることに思い至った。食品産業である以上、まず何よりも安全衛生を優先すべきことを伝えなかった自分を反省した。 事務所を出た中岡社長の後を、川村製造部長や大塚総務部長、岡本課長など幹部連中が玄関まで見送ろうとしてゾロゾロ付いていった。ところが社長は、玄関を出ても車に乗ろうとせず、100メートルばかり離れた倉庫に向かって、再び歩み始めるではないか。 倉庫で作業している社員たちも、中岡社長が突然やってきたのには驚いた。頭をさげる社員たちに 「ご苦労さん」と次々声をかけながら、 「吉川君はどちらですか?」と尋ねている。そして、ちょうど配送から戻って空パレットを降ろしている銀太郎のところに近づいてきた。その人物が社長であることに気付いた銀太郎も作業の手を止め、(一体なんだろう)と多少怪訝そうな表情をしながらも、帽子を取りペコリと頭を下げ、よく通る声で挨拶した。 「こんにちは」 すると意外なことに社長は、 「ご苦労様。君のおかげで間違わずにすんだ。ありがとう」といって、がっちりとした大きな手で銀太郎の肩をポンと叩いたのである。さっぱり意味のわからない銀太郎は 「はあ‥‥‥」と答えて口を半開きにしたまま、 倉庫庫を出て行く社長の後ろ姿を見送っていた。 それから中岡社長は、配送課の事務所にも顔 を出した。そして、池上課長や大川運行管理者 をはじめそこにいた社員全員に、安全第一と衛 生管理の徹底をお願いする、と言って帰ってい った。 社長が去ったあと、倉庫も事務所も蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 「びっくりしたなあ、いやはや‥‥‥社長が突然来るなんてなあ」 「おい、銀太郎すごいじゃないか、社長と面識あるとは知らなかったよ」職場の仲間や管理職はじっさい驚いた。中岡社長に直接あんなふうに声をかけてもらうなんてことは、普通はまずありえないからである。 しばらくして、例の工場におけるコストダウン策が中止された。さらに、めったにあることではないが、課長以上の全管理職が本社に召集された。 その場で中岡社長から『構造改革180日の挑戦』は続けるが、安全と衛生が第一であること、『顧客の視点から発想する』ことの大切さと、それを最優先にすることが発表された。そしてさらに、今回問題となった栃木工場の出来事の中で、中岡社長みずからが、リーダーシップのあり方と構造改革の進め方について反省したということが率直に述べられた。 この時の、社長の見解と行動指針を述べたビデオが、翌日から全国の昭和食品の職場に全社的な規模で流れた。と同時に、中央安全衛生委員会命令による安全・衛生の徹底的な点検が行われていった。 いくらメインバンクから送り込まれてきたといっても、銀行から来て二年に満たない荏本専務にとっては、まだまだ全社的規模で管理職をまとめるのは難しい。かなり広大な規模で広がる事業のそれぞれについて、業務内容そのものを詳しくは知らないという弱さもあって、生え抜きの中岡社長の人心掌握力には脱帽せざるを得なかった。中岡社長みずからの方針が出されたとあれば、専務も正面切って反対するすべもなく、しぶしぶ従わざるを得ない。しかし、 「中岡社長は甘い。だから、改革が遅れるのだ」と内心は思うのであった。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です