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『春闘オルグ』後の食堂では、説明が終わった後、渡辺中央書記長を囲んで支部執行部と職場委員の懇親会が一席もたれた。 組合員にも残れる人はどうぞ、と呼びかけたが、組合役員以外に残る人は、ほとんどなかった。 その席で、銀太郎はかねてから疑問に思っている例の問題、点検・清掃工程の省略と賞味期限刻印の変更の件を、渡辺中央書記長はどう思うのか、個人的に質問したのだった。 この間のいきさつからいっても、デリケートな問題であることはわかってきた銀太郎なので、慎重に質問した。 「コスト削減のために、このようなアイディアがあるとしたらどうでしょうか」と、仮定的な尋ね方をしたのだった。 ところが、渡辺書記長はすぐに事態を察知したらしい。黒縁眼鏡の奥の目をキラリと光らせると、 「それはまずい。許されるべきことではないです。こちらの栃木工場で、実際にそのようなことがされているのでしょうか」 銀太郎は、逆に渡辺中央書記長から追及されるハメになってしまった。 「あ、いや、それはですね‥‥‥」と銀太郎がおろおろしていると、 「丸山部長、市川書記長、それと、室橋副支部長も、ちょっと来てください」 渡辺中央書記長は、その場で支部三役を呼びつけ、三役に対する事態確認の追及が始まった。 こうなると、三役も蛇ににらまれた蛙同然で、正直に答えざるを得なくなった。 渡辺中央書記長はきっぱりと言い切った。 「これは、コンプライアンスの問題であり、躊躇していることが一番まずいんです。もし、事態を放置し、外部への告発という事態になれば、もっと大変な問題になります。『よい会社』にしたいということは、労使共通の目的です。ただし、『よい会社』かどうかを判断するのは私たち労使ではなくて、顧客や市場です。企業経営の基本は、『顧客満足』の視点からとらえることが重要なんですよ」 渡辺中央書記長の言葉は、さらに続いた。 「経営に、耳の痛いことを言えるのは組合だけだということ。それが組合ならではの役割であり存在価値でなくてなんでしょうか」 渡辺中央書記長は、この問題を三月度の中央の労使協議会で取り上げると約束した。そして、 「その席に丸山支部長と共に銀太郎にも出席して、詳しく報告するように」と指示をした。 この、渡辺中央書記長の毅然とした態度に、支部執行部の誰もが口を挟めなかった。 銀太郎は焦った。 (中央書記長に自分が尋ねたのは、まずかったかな)と思い、丸山委員長と市川書記長の顔を覗き込んだ。しかし、二人ともそのような様子はほとんどなく、やはり銀太郎と同じで、心に引っかかっていたものをしかるべき方向に進めることができた、というような、むしろスッキリした顔をしていた。 それにしても銀太郎は、中央の労使協議会に出席するように、という渡辺中央書記長の指示に、どうしたらよいのかわからず動揺していた。 すると、そこに丸山支部長が近寄ってきて、 「心配するな。大川運行管理には私から、その日は仕事を入れないように話しておくから。大川運行管理は、私たちの組合の先輩で、組合のよき理解者だ。だれよりも銀太郎の味方だよ。池上課長にも私から話をつけておくから、心配することはないからね」と言ってくれた。 銀太郎はホッとした。 [コンプライアンス] 企業倫理の確立や法令遵守のこと。今日の企業には、経済活動だけでなく、社会貢献や社会的責任を果たして行くことが求められている。

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