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第四章 「話をつけてやる」 一 「旗開き」での急展開 年が明けると、労働組合では『旗開き』という行事が行われる。銀太郎にとっては聞きなれない行事である。 「どんなことをするんですか?」ベテランの鈴木執行委員に尋ねると、 「一言でいえば、新年会さ」と、あっさりしたものである。 『旗開き』は、会社の社員食堂を使って行われた。もちろん、支部代議員にも声がかかっており、石川純子も出席していた。 ものを食べる機会は絶対のがさずに顔を出す、動機がわかりやすい女性だなあ、と元来わかりやすいことが好きな銀太郎は石川純子にシンパシーを感じた。 会社側からも原田工場長以下、工場の主な管理職が出席。研究所からも増井所長をはじめとする管理職十名ほどが参加していた。 昨年の例の軋轢などは、まるでなかったかのように、労使お互いに協力して難局を乗り越えていこうとエールを交換している。もはや栃木支部では、例の件は、触れてはならない禁断の果実となったようだった。 二月に入ると、栃木支部でも春闘というのが始まった。 ナショナルセンターの連合や上部団体である産業別労働組合が示した春闘方針案に沿って、全昭和食品労働組合の春闘方針案が執行部から提起された。大会の運動方針より薄めの「二×××年春闘方針案」という冊子が配られてきた。 それを各支部が一定期間の中で、各職場で説明し、意見を組合員に求める『オルグ』というものが始まった。 『春闘方針の説明会』と言えばわかりやすいのに、どうして労働組合はわざわざ難しく『春闘オルグ』というのか、銀太郎には理解できない。 この件もベテランの鈴木執行委員に尋ねてみ たが、鈴木さんもわからないという。ただ、皆がわかっているかのように使っているので、自分も使っているとのことだった。辞書で『オルグ』という言葉を調べたら、『オルガナイザー』となっていて、その『オルガナイザー』という言葉を引いてみたら、『未組織の労働者・農民などの大衆の間に入って、組合や政党を組織する人。組織者』と説明してあった。 意味合いはわかるような気がする。しかしこの古臭さはなんだ。銀太郎にはこのような時代がかった表現をわざわざ使う労働組合にあきれたが、これが伝統を大切にするというものなんだろうか、と感心もしたり、複雑な心境になった。 『春闘オルグ』の実施日にむけて、銀太郎たち職場委員は組合員の参加を求めて、組合員一人ひとりに毎日頭を下げて回る行脚の日々となった。先輩たちに出席を求めて頭を下げるのは自然とできるが、後輩たちに頭を下げて頼むのは正直言って辛いものがある。 就業時間後、工場の社員食堂を使って、栃木支部の『春闘オルグ』が始まった。 組合本部から渡辺中央書記長がやって来た。参加した百名ほどの組合員に、今年の春闘の要求内容や進め方について説明が行われた。銀太郎が入社した十年前の頃の『春闘オルグ』は、元気があった。いろんな意見が出されたものだが、今はほとんどない。要求といっても、定昇維持の確認と、一時金については業績連動型となっているため、決定方式を確認するだけである。組合員もそのことがわかっているため、意見はほとんど出ない。 [産業別労働組合] 産業別に企業別労働組合があっ待って組織する労働組合の連合体。UIゼンセン同盟、自動車総連、電機連合、食品連合など。 [一時金] ボーナス(賞与)のこと。労働組合ではボーナスも賃金の一部であると考えるがために、賞されて与えられるものとは違うとの解釈から、一時金という言葉を使うケースが多い。

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