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三 思わぬ波紋 支部の労使協議会の翌日夜、寮で夕食をとっている銀太郎の携帯電話に、三橋からのコールが入った。昨日取り上げた工場の問題を、これ以上組合内部でも議題として取り上げないでくれ、との要請である。その声は、前回銀太郎が三橋を訪ねたときよりも、なお一層、泣き出さんばかりの切実な声だった。 どうしてなのか、その理由を尋ねても、口ごもってそれ以上答えようとはしない。 しかし、理由は想像できた。 今日の昼間、三橋の上司である松山課長に、原田工場長か川村製造部長から圧力がかかったに違いない。そして、情報を漏らしたとして三橋を追及したのだろう。 汚い手を使うものだと、正義感に燃える銀太郎は憤慨した。そして三橋には 「君の立場はわかるが、そうはいかない」と、断った。 翌日、いつものように配送の仕事を終えて事務所に戻ると、銀太郎は上司である物流管理課の池上課長から呼び出された。 池上課長は額の広い、いかにも俊敏そうな男で、まだ三十代半ばの若さである。 「吉川君。君の組合内部での言動が、今、会社内で問題となっているみたいだ。君には悪意はないと思うが、少し発言は慎重にしたほうが君のためだと思ってね。君の仕事に対する意欲は常々感心して見ていたのだが、こんなことで、会社に対する抵抗・反逆とも取られたら、これからの君の人生にプラスにならないぜ」 銀太郎のことを心配するというニュアンスではあれ、あきらかに、銀太郎に対する圧力であった。 銀太郎にとって池上は、信頼し尊敬してもいた上司だったために、そのように言われてショックを受けた。 「別に、私はそんなつもりで動いたわけではありません。職場集会や組合への投書で、そのようなことが行われていると知ったので、確認して組合に伝えただけです。それに、組合の三役も、『それはまずんじゃないか』と言っていましたが‥‥‥」 銀太郎の弁解に、池上課長は直接答えることはしなかった。 しかし、次に予期せぬ言葉が池上課長の口から飛び出した。 「これ以上、会社内で波紋を広げるような言動を続けると、君の入社時の推薦人になってくれている、本社の加藤人事部長の顔に泥を塗ることになりますよ」 銀太郎はびっくりした。 (本社の加藤人事部長が、俺の推薦人だって? 会ったこともない人なのに‥‥‥) 呆然と立ち尽くす銀太郎を尻目に、池上課長は席を立って事務所を出て行ってしまった。 しかし、この問題については支部三役も、これ以上追及しないほうがよいのではとの考えに傾いていった。法律的には問題はないのだから、というのが一番の理由だった。 それでも、倫理的・道義的な観点から、やめさせるべきだと考える銀太郎だったが、 「そんなことを言ったら上からにらまれてしまう」と、泣きそうな顔で訴える三橋さんたちの事情もわからないでもない。 サラリーマンの悲しさが銀太郎にもよくわかった。 労働組合と会社が団体交渉などで、労働条件や組合活動について合意し、その内容を文章で取り交わし、署名捺印したもの。労働協約は労働契約や就業規則より強い力を持ち、優先される。ひとくち用語解説… 「労働協約」

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